彼って誰?:代名詞のしくみ

指示と照応

代名詞(実際には、全ての名詞句)には、基本的に2つの用法があります。

1つは、その場にいる人を示して"Who is he?"と言った場合、この"he"は直接その人物を指示(Reference)しています。

指示は、言語表現と言語外の世界(Extra-Linguitic Context)の事物との対応関係の問題です。この問題は、言語学においては、言語哲学(Linguistic Philosophy)、意味論(Semantics)、あるいは、語用論(Pragmatics)(12)と呼ばれる分野で扱われます。

もう1つは、John hates himself.の"himself"は同じ文内の"John"を指し示しています。このように、他の言語表現との同一の指示対象を表す場合を照応(Anaphora)と言います。

  1. 語用論(Pragmatics)は、言語表現とその言語表現が使用される文脈との関係を扱う分野です。

    言語表現とその言語表現が使用される文脈で扱われる事項には、例えば次のような例があります。

    次の2つの文は、それぞれ、平叙文、疑問文です。

    ・この教室、暑いね。

    ・この教室、暑くない?

    しかし、この文が、教室の窓際に座っている人物に向かって発せられた場合には、

    ・(この教室の)窓を開けろ!

    という命令文を含意(Implication)していると考えることができます。

照応の原則

同一の文内での照応の関係は、前章でみた句構造により決まってきます。

次の文を考えてみましょう。

(1) John hates him. (John≠him)

(1)の"him"は通常の代名詞ですが、この"him"は同一文内の"John"と同じ指示を持つことはできません。これに対して、

(2) John hates himself. (John = himself)

(2)の"himself"は再帰代名詞ですが、この"himself"は同一文内の"John"と同じ指示を持たなければなりません

この2種類の代名詞類の振舞の違いを説明するために、以下に示すc統御(c-command)という構造上の概念を導入する必要があります。

c統御(c-command)

2つの接点αβがいずれも他を支配せず、かつ、αを支配する全ての枝分かれ接点がβを支配している場合、αβをc統御する

この関係を図示すると次のようになります。

指示に関する名詞の分類

これらの代名詞類を含む名詞句はその指示に関して以下の3つに分類されます。

照応表現
再帰代名詞(himself等)、相互代名詞(each other等)
代名詞表現
人称代名詞(he等)
指示表現
固有の指示機能を有する名詞表現(the boy, John等)

これらの名詞句は文内において一定の構造にかかわる条件を満たしていなければなりません。

照応表現

まず、照応表現(himself等)は同一の物を指す要素によってc統御されなければなりません。(3)の構造では、太字で示した再帰代名詞は、(4)のように、同一の物を指す要素によってc統御されていれば適格な文となりますが、(5)のように、同一の物を指す要素によってc統御されていなければ不適格な文となります

(3) [John/Himself [ hates [ himself/John ] ] ]

(4) John hates himself

(5) *Himself hates John

代名詞表現

次に、代名詞表現(he等)は同一の物を指す要素によってc統御されてはなりません。(6)の構造では、太字で示した代名詞は(7)と(8)のように、適格な文ですが、JohnとHe/himが同じ人物を指し示すことはありません。

(6) [John/He [ hates [ him/John ] ] ]

(7) John hates him

(8) He hates John

指示表現

最後に、指示表現(John, the man等)は同一の物を指す要素によってc統御されてはなりません。したがって、(9)ではJohnthe manが同一の人物を指すことはできません。

(9) John believes that Mary hates the man (Johnthe man)

バリヤーとしてのS

では、指示表現と代名詞表現の違いはあるのでしょうか。

照応表現と代名詞表現を(9)のthe manのあった位置に置いてみましょう。

(10) [ John [ believes [that [S Mary [ hates [ him/himself ] ] ] ] ] ]

(9)の構造を持つ照応表現との例(11)と代名詞表現の例(12)の適格性は逆転します。

(11)*John believes that Mary hates himself

(12) John believes that Mary hates him

これは、照応表現や代名詞表現の場合には、S接点がバリヤーとなり、上で述べた条件が働くことを阻止しているためです。しかし、指示表現の場合には、S接点がバリヤーとなりません。

したがって、名詞句の指示に関する条件は次のようになります。

  1. 照応表現は同一の物を指す要素によって同一のS内でc統御されなければならない
  2. 代名詞表現は同一の物を指す要素によって同一のS内でc統御されてはならない
  3. 指示表現は同一の物を指す要素によってc統御されてはならない